アジアの片隅で

タイトルの”アジアの片隅で”は吉田拓郎の名曲。
確か、夜のヒットスタジオでこの12分にも及ぶ大作を披露してた。

”一晩たてば 政治家の首がすげかわり 子分どもは慌てふためくだろう”

とか

”一晩たてば 頭に彫った誓いがくずれ落ちて
暮らしの荒野が待ち受けるだろう
甘ったれた子供たちは 権利ばかり主張するだろう

アジアの片隅で お前もおれもこのままずっと
アジアの片隅で このままずっと生きていくのかと

ああ アジアの片隅で 俺もお前も”

など相当にメッセージ色の強い唄である。

歌詞はこちらで



本日は8月15日。
例年以上に政権末期の隣国が騒ぎ立て、合わせるように尖閣諸島にも香港から自称:民間活動家なるものが領海侵犯をしている。

アジアの片隅で、オイラも思うのだが、この国の政治家は本当にだらしがない。
”遺憾の意”を表明している場合ではない。

この国の元首に土下座するなら訪問しても良いなどど、差別用語で呼ばれて”抗議を申し入れ”では済まぬ話であろう。


昭和20年の8月15日にこの国は”終戦の詔勅”俗に言う”玉音放送”で昭和天皇が直々に臣民に降伏の受け入れとこれからの決意を述べられた。

”耐えがたきを耐え”という一文のみが語り継がれているが、実際の終戦の詔勅を読むとこの国の行く末を案じ、どういう気持ちを持ってこれから先を歩むのかという激しい決意がそこにある。

67年後の現在、先人達の血のにじむような努力と忍耐の上に胡座をかき、周辺諸国に国境を脅かされ、ありもしない戦争犯罪を喧伝され、補償を要求されてるがまま。

こんな事ではいけない。

政治家を詰ってみても、聞き心地の良いマニフェストと自民党に灸を据えるという一時的な感情で現政権与党を選択した自分達に返ってくるだけなのは解っているがやはり政治家の情けなさが腹立たしい。

いったい、どこの国の国民の生活が第一なだろうか?


まずはオイラ自身、今一度、終戦の詔勅を読んで襟を正したいと思う。

終戦の詔書 現代語版より引用

終戦の詔勅 口語訳
私は世界の大勢と我が国の現状を深く考え、通常でない方法を使ってでも事態を収拾しなければならないと決意した。このことについて、忠実で善良な国民の諸君にお話ししようと思う。
 私は政府に命じ、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の4国に対して、先にこの4国の出した共同宣言の受け入れを通告させた。
 もともと、国民が健康で安心して暮らせるように、また世界がともに繁栄していけるようにするというのは、天皇家が昔から掲げていた目標であり、私も常々努力していたことである。先にアメリカ・イギリスに宣戦したのも、我が国が滅ばないように、また東アジアが安定するようにと思ってのことであり、決して他国の主権をそこない、領土を侵略しようと思ってやったことではない。
 ところが、戦争はすでに4年目に入っている。その間私の陸海軍の将兵は勇敢に戦い、私の政府の官僚は懸命に働き、私の国民は国のために力をつくし、各々最善をつくしていたが、戦況は必ずしも好転していない。世界の大勢も我が国側に不利である。さらに敵は新たに残虐な爆弾を使って罪もない人々を多数殺傷し、戦争の惨害はまさにはかりしれないものになってきている。
 このまま戦争を継続すれば、しまいには我々日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明そのものを破壊しつくしてしまうことになるだろう。このようにして国民を滅ぼしてしまっては、私は天皇家代々の先祖の神霊に決して許してもらえないに違いない。
 これが私が政府に対しアメリカ・イギリスなどの共同宣言に応じるように命じた理由である。
 私は我が国とともに東アジアの解放に協力してくれてきた同盟国諸国に対して申し訳ないと思う。また、我が国の国民で、戦場や職場で非命に死んだ者、またその遺族のことを思うと体が裂けるような思いである。さらに、戦争で傷つき、戦災を受け、家や職場を失った人々をどう助けていくかということも、私は深く案じている。
 今後我が国の受ける苦難は並みたいていのものではないだろう。国民諸君の苦しみも私はよくわかっているつもりである。しかし時の運には逆らえない。私は耐えがたい敗戦の事実をあえて耐え忍び、将来のために平和な世の中を開こうと思う。
 私はこうして国を滅ぼすことは避けることができた。私は今後も諸君の忠誠を信頼し、常に国民とともにあるつもりである。今後、感情にまかせてむやみに騒ぎをおこしたり、自国民同士で争いあったりすれば、国の将来をそこない、世界の信用を失ってしまうだろう。そのようなことは決してしてはならない。
 これからは国をあげて、子孫を残し、日本が決して滅ばないという確信を持たねばならない。その責任は重く、道は遠いが、総力を将来の建設に傾けねばならない。人道と正義を重んじ、強固な精神を保たねばならない。そうすれば、日本の誇りを高く掲げつつ、世界の進歩について行くことができるであろう。国民諸君には、どうかこの私の願いを実現してもらいたいと思う。



※原文との比較はこちらでご確認を。(玉音放送が流れます)

そして冒頭の吉田拓郎だが、この”アジアの片隅で”がアルバムタイルとなっているアルバムに”いつも見ていたヒロシマ”という楽曲も収められている。

これも名曲なので聞いていただきたい。

いつも見ていたヒロシマ~唇をかみしめて


いつも見ていたヒロシマの歌詞はこちらから



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 従って、そのような内容のコメントについては、削除させていただきますの予めご了承下さい。




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