長崎龍馬伝紀行6

長崎龍馬伝紀行もようやく最終回。随分と引っ張ってきたが、ついに長崎市内を出発なのである。
あれ?じゃあ長崎龍馬伝紀行ではないか。

長崎龍馬伝紀行改め馬関龍馬伝紀行なのだが・・・。
長崎にっしょうかんで大浴場で朝風呂に浸かり、バイキングの朝食を済ませて朝8時にチェックアウト。


長崎出島道路に入り、長崎自動車道から九州自動車道へ途中、大村PAと川登SAに立ち寄っておみやげ物を物色する。

川登SAで九州自動車道の古賀IC~小倉南IC間が雪の為通行止めという悲しいお知らせが・・・。
げっこれは大幅な変更が・・・。

道路脇にも積雪がある中、車を進めるとFMによる通行止め情報をキャッチしていたHDDナビが古賀ICを降りて国道3号をひた走れとのたまう・・・。

仕方なく国道3号線を走る事にするがこれが3-5km毎に渋滞。
北九州高速も通行止めらしい。

途中、国道3号線でもチェーン規制があるという情報もあったが、通りかかった時には運良く解除。
これは恐らく、帰りの中国道も危険なので下関(馬関)観光後は、一部9号線から国道2号線で山陽道山口南ICを目指す事になると覚悟を決めた。

当初の予定では11時前ぐらいに唐戸市場に到着して昼ご飯の予定が、到着したのが13時20分。
駐車場に車を駐めて急いで唐戸市場へ。

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唐戸市場


初唐戸市場にテンションアゲアゲである。
場内には握り寿司や海鮮丼、ふくや魚のフライや唐揚げ、鯨カツにふくの味噌汁。
帆立のバター焼きなどなどどれも目移りしてしまう・・・。

ウロウロとあっちこっちを歩いていると唐戸常連のようなおばさまがこんな事を呟いていた。


「2時前になれば、にぎり寿司とか丼は半額になったり投げ売りになる。」

そーなんである。
2時を過ぎればそろそろ店じまいに向かうのだ。

これはいい事を聞いたと暫く粘りながら場内を探索して狙いをつける。
家族それぞれで欲しい物を決めてバラバラに行動し、それぞれが買った物を持ち寄って2階で食事と取り決めた。

「にぎり寿司半額!」

の声が聞こえるとあっちこっちで段ボールで作ったセール開催の札が上がる。
目当ての店でオイラはにぎり寿司を。

鮪の中トロ、ふくの白子、鰤、鯛、ふくに煮穴子。
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唐戸市場のにぎり寿司


チビはイクラ丼。
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イクラ丼


長男と長女はそれぞれ別の店の海鮮丼。
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刺身がそんなに得意でないヨメは炊き込みご飯と魚の唐揚げ。
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たっぷりと海鮮を堪能した。
やっぱり回るお寿司と違って旨いわっ!

しかも遅れて着いたのが功を奏して安く買えたし。

昼飯を堪能した後、場内を散策して名物の竹輪や蒲鉾をお買い上げ。

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唐戸市場


本当はこの後、高杉晋作終焉の地とか幕末維新村とかいう施設も行って見たかったんだが、大幅に時間がずれているいるし、オマケにみぞれ交じりの小雨も降っている。

帰りも気になるのでここは涙を呑んでというか、また来るぞ”唐戸市場”ということで一路下関市立長府博物館へ。
唐戸市場から車で10~15分ほどだろうか?

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下関市立長府博物館

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功山寺境内にある下関市立長府博物館は大人200円大学生100円で高校生以下無料という安さである。
ここも期間限定で龍馬とお龍という企画展をしていた。

元々ここには坂本龍馬の盟友であの寺田屋事件の時に龍馬さんと一緒に居た宝蔵院流槍術の使い手である三吉慎蔵に関する所蔵品が多く、企画展以外の時期でも事前に申込みをすれば見せて頂けるらしい。

なお、慎蔵さんは慶応2年(1866年)、長府藩士・印藤肇の仲介で坂本龍馬の知遇を得ている。
長府藩より京都の情勢を探るよう命じられ、薩長同盟を取り纏めつつあった龍馬と共に下関を出発。伏見・寺田屋に入ったのが寺田屋事件遭遇の史実で巷に云われる龍馬さんの護衛を桂小五郎に言われたというのは誤りである。


博物館内には坂本龍馬愛用の亀山焼の飯椀と湯呑とか、馬関戦争の絵図だったり、『三吉慎蔵日記抄録』であったりがある。
『三吉慎蔵日記抄録』は三吉慎蔵という男が几帳面でマジメな性格であることがよく分かる史料であった。
寺田屋事件の詳細はこの記録があったからこそである。
慎蔵さんは寺田屋事件での功績によって長州藩主・毛利敬親から刀の下賜、長府藩主から20石の加増を受け、同藩目附役に任ぜられている。

もちろん、場内は撮影禁止なので写真はない。

そしてこれが実はオイラが一番見たかったのだが、現存するいや恐らく坂本龍馬が唯一したためたと思われる遺言状がここにはある。

宛先は三吉慎蔵宛で自分にもしものことがあった時はお龍を暫く預かって欲しいと書いてある。
これはその後実に忠実に三吉慎蔵が実行する事になる訳なんだが。

慶応三年五月八日付でいろは丸事件の後に書かれたものらしい。

坂本龍馬書状 三吉慎蔵宛

ここ下関市立長府博物館の隣は功山寺で三吉慎蔵の墓もある。
もちろん、長府毛利氏歴代の墓所でもあるのだが。

今回はあいにくの天候でもあり、慎蔵さんの墓参りは敵わなかったが、国宝の仏殿とこの功山寺で高杉晋作が挙兵した事(功山寺挙兵、元治元年12月15日(1865年1月12日)回天義挙)に因んだ銅像を見た。

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国宝功山寺仏殿

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功山寺山門

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功山寺説明版

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高杉晋作銅像


他にも博物館本館は旧長門尊攘堂の建物を利用した物とかで敷地内には万骨塔と呼ばれる勤王の士を慰霊した塔があり全国の有名無名の志士を出身府県毎に祀ったもので周囲には関連府県の尊攘運動ゆかりの霊石が置かれている。

オイラが見た時には橋本左内の名が見えた。

昭和8年の創立だそうだから、国威発揚の意味もあったのだろう。
この年は日本軍が山海関で支那軍と衝突し、ナチスがドイツの政権を取りヒトラーが首相に就任した。
国際連盟脱退があり、まさに日中戦争から太平洋戦争へと向かい始めた年である。


この辺りの散策と萩への旅行はまた別の機会に譲る事にして取り敢えずこれで龍馬伝の旅を終えて帰途につく事にした。

昨年、坂本龍馬ゆかりの地をNHK大河ドラマ龍馬伝にあわせるように再訪していった。
いろは丸事件の鞆の浦はひとりでのんびりと歩いた。
何度も行っている龍馬さんの生まれ故郷である高知(土佐)にはチビと二人で1泊してあえて桂浜周辺以外のところを見て回った。
岩崎弥太郎生家や中岡慎太郎生家、足摺岬から武市半平太屋敷跡に坂本家墓所に脱藩の檮原までを旅行し、〆に龍馬さんの希望の地「長崎」と龍馬さんの憩いの場であり、経済稼働の拠点であった馬関こと下関に来た。

数年前には京都で寺田屋や龍馬さん、慎太郎さんの墓参りもした。
神戸の海軍総練所跡地は高校生ぐらいの時以来立ち寄っていなけれど・・・。

出来れば機会を見つけて横浜や東京でも龍馬さん史跡巡りをしたいなぁ。
あっ国立京都博物館にまだ行っていない。

霊山博物館にもまた行きたいから京都旅行も考えなくちゃ・・・。


これは当分、龍馬さん巡りが旅行となるかな(笑)


帰途では、予想通り中国道は冬タイヤ規制であったので国道2号線を走って山口南ICから山陽道にのって帰着予定時間を大幅に過ぎて帰ったのである。

お陰で食事は宮島PAで蕎麦となんちゃってあなごめし。
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走行距離は、1114.5kmであった。
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でっ最後の〆は・・・・。




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坂本龍馬キューピー



というわけで全6回長々と長崎龍馬伝紀行をお届けしたのである。


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この記事へのコメント

nanamisaki
2011年01月22日 15:45
いいなあ、唐戸市場で気の向くまま
買い出しして食事。
半額はいいですね~~♪
イクラ丼、イクラ多すぎ(笑)、ああ食べたい。
Ryoma
2011年01月22日 21:46
>nanamisakiさん
イクラ丼実はあれで500円でしたよ!
握りもあんな鮪で・・・
いや、やめておこっと♪

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